大学時代にやってほしいこと

音楽のあり方から考えるキング・クリムゾンの特徴と永続性

音楽学科
この記事は約6分で読めます。

キング・クリムゾンへの疑問

ここ数日間、キング・クリムゾンを聞いてきて、私はひとつの悩みにぶつかりました。インターネットでキング・クリムゾンを調べると1960年代・1970年代の凄まじいプログレッシブ・ロックが展開されていると、多くが述べています。

確かに、音の実験やリズムの実験などは当時にしかみられない特徴であり、また実験を作品公開(商品販売)へ過激に持ち込んだのはクリムゾンでした。しかし、クリムゾンの本質の一つであるアドリブは永続的なものでしょうか。アドリブの永続は、はたしてアドリブの衝撃と同じような衝撃を与えてくれるのでしょうか。

私は、昨晩からキング・クリムゾンの永続性に疑問をもちはじめました。それは私自身のキング・クリムゾンへの接し方が大きく影響を与えています。以下では、私とキング・クリムゾンとの関係やキング・クリムゾンの特徴について述べてみたいと思います。

トーキング・ドラムのオリジナル版とライブ版

年末に帰省して正月三が日はキング・クリムゾンの曲をたくさん聞きました。特にインストルメンタルの「トーキング・ドラム」という曲を繰り返し繰り返し聞きました。実家にある「太陽と戦慄」のアルバムはトーキング・ドラムのオリジナルな曲を収めています。

1月3日に大阪の自宅に戻って「紅伝説」という4枚組ベスト盤のトーキング・ドラムを聞きました。このベスト盤は1991年に発売されたものです。原題は「The Essential King Crimson – Frame By Frame」

ベスト盤のトーキング・ドラムはオリジナル曲だと思っていましたが、実はライブ曲でした。それ自体が衝撃でした。予想していた曲以上に激しかったからです。

もちろん、ドラムを中心にギターやチェロやベースが荒れ狂う点で、両者は同じです。しかし、印象はかなり違います。

オリジナル・バージョンでは熱帯の中で何人かが楽しく踊るというイメージに留まります。ライブ盤では楽しい踊りが度を過ぎて、熱病にうなされているような気分になります。このライブ盤を1月4日に大阪の自宅で30回ほど聞きました。

The Essential King Crimson – Frame By Frame

一気に聞いて一気に飽きる

私自身がどうかしているのかもしれません。30回ほど聞いて私はトーキング・ドラムに飽きました。また、あろうことかキング・クリムゾン自体にも飽きました。

どうしてキング・クリムゾンに飽きたのでしょうか。妻に少しこの話をしました。

私の場合、実家で聞いた方が自宅で聞くよりもクリムゾンを深く聴くことができます。なぜなら、実家では私の周りにあるもの、例えば父の本やCDなどが周りにあり、そのなかでレコードを聴くという環境になります。このような環境で、私は自分と馴染みないものに囲まれて不安感が募り、逆にキング・クリムゾンを落ち着いて聴けるのです。不安に不安を重ねることで安心を得る、または興奮を得るわけです。

しかし、私の自宅で、キング・クリムゾンを聴くとそうなはりません。つまり、私が普段から研究書や参考書にしている本や、趣味でめくっていた本、あるいは何度も聞き慣れたCDや見慣れたDVDに囲まれた環境にあると、クリムゾンがつまらないのです。言い換えると、私の馴染みある環境のなかでクリムゾンを聴くということは、単なる時間の消化になるのです。

妻との会話

このようなことを妻に話すと、全く逆の答えが返ってきました。

妻は自分に馴染みのある部屋でクリムゾンの曲を聴くと深く染み込むだろうと答えます。この違いが私自身の性格を考えるきっかけになると思いました。それと同時に、キング・クリムゾンの特徴も、聴く環境や状況の違い、そして妻と私の違いを現しているように思います。

バンドのコンセプト

キング・クリムゾンのコンセプトは何でしょうか。

精神不安定者がクリムゾンを必要とするのでしょうか、それとも、クリムゾンが精神不安定者たちを突き動かすのでしょうか。

簡単には相乗作用だといえます。つまり、狙って作ったんじゃないかと。ということは、キング・クリムゾンは精神不安定者を求めてる点にコンセプトを求めることができます。同時に、デビュー以来、試行錯誤を続けていくうちにそういう特徴の曲づくりになったともいえます。

作品群の完成度

このように考えると、私はキング・クリムゾンの名曲たちがよく出来ていると思います。クリムゾンは凄いんです。他のバンドが追随できない特徴をもってきました。

キング・クリムゾンは精神的に不安定な者であろうと精神的に安定した者であろうと、一つの興味をそそってしまう、また怖いものみたさに聴いてしまうという大きな意義をもっています。実際にクリムゾンのアルバム類はファースト・アルバム以来、とても売れてきました。

その辺はやっぱり上手い。商売としても曲作りとしても成功しています。不協和音や不調和などという特徴を踏まえながらも、音楽の完成度はとても高いといえます。

キング・クリムゾンに向き合ったときに人は…?

キング・クリムゾンはの心をつかむのでしょうか、それとも、人の心を突き放すのでしょうか。

クリムゾンは人に安心を与えるのでしょうか、あるいは、人に不安を与えるのでしょうか。

答えは明確です。いずれにしても、キング・クリムゾンを人は聞きたくなってしまいます。また、一度は通過しなければならないと思ってしまいます。そういった曲作りをキング・クリムゾンは50年間も続けてきました。

端的にいって、私自身は不安定な時も安定な時もあります。ですから、キング・クリムゾンがいつも私の部屋で流れているわけではありません。クリムゾンは人々にとって断絶的に心に迫ってきては、また離れていくものなんだと思います。

妻との会話を思い出すと、キング・クリムゾンの捉え方は一人一人、違ってきます。クリムゾンを聞くと精神的に不安になる方も安心する方もいます。クリムゾンはファンを歓迎しますが、ファン同士の共感を拒みます。

しかし、これらの違いを乗り越えてクリムゾンが私たちのなかに発生させることが一つだけあります。それは興奮です。

このバンドの強い個性

例えば同時代のムーディー・ブルースや、1990年代のクランベリーズと比べてみましょう。

ムーディー・ブルースはいわば特性のないバンドでした。これに対してキング・クリムゾンは非常に個性や特性が強いグループです。特性の強さでは1990年代のクランベリーズに似ています。

特徴のない顔を似顔絵に描くことはとても難しいです。でも、個性や特徴のある顔は似顔絵を描きやすくなります。この点でキング・クリムゾンは1990年代のクランベリーズに通じるものがあると私は感じました。

私は実家でユーライア・ヒープやムーディー・ブルースも聞きました。しかし懐かしい好きな曲でさえも2回ぐらい聴いて飽きました。キング・クリムゾンは曲によっては30回ほど聞いてようやく飽きます。私がキング・クリムゾンを好きな点はこの回数の違いです。

音楽のあり方から考えるキング・クリムゾンの特徴と永続性

音楽とは残酷な芸術であり、あまりにも抽象的な芸術です。ですから漠然とした思いが先行して突き動かされながらも、いずれ音に見放され、また私もクリムゾンをしばらくは見放したいと思います。

音楽の抽象性は人間付き合いの抽象性に似ています。2回付き合って飽きる人間もいれば30回付き合って飽きる人間もいます。人間関係と音楽、どちらも、とても難しいものです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました