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中国と私

中国と私

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カテゴリー「中国と私」では中国の思い出を写真やコラムで綴ったり、中国のテレビ番組をコメントしたりしています。このサイトにお越しくださった方々と私の中国経験を共有できれば幸いです。

フラヌールとアイデンティティ

私は20代半ばまで奈良の橿原で育ちました。橿原は王朝名日本の由来に関わる場所です。王朝名は中国と深い関係があります(奈良とは何ですか? 日本とはどこですか?)。これが原因か、私は昔から明確なアイデンティティを奈良や日本から得られずに過ごしてきました。日本人の両親から日本で日本人として生まれ育ったんですけども。

  • ここはどこ?
  • 私はどこ?

これらの問題に私は長い間悩まされてきました。だから私はこのサイトでフラヌールと名乗ることにしました。フラヌールとは遊牧民や遊民などと日本語訳される、フランス語由来のカタカナです。サイト名を「Flaneur Meets China」(遊民遇到中国)としました。フラヌールと中国との出会いをこのカテゴリーでお伝えしていきます。

フラヌールにアイデンティティは関係ありません。あるいはアイデンティティを中国に求めたほうが私にはしっくりします。私の故郷は奈良の橿原だということもあって、中国への関心は今でもますます高まっています。

フラヌールと中国との出会い

私は2004年5月に初めて中国に行きました。これは、中国で初めて撮った写真です。2004年5月31日に上海の龍陽路駅で撮りました。

これは、中国で初めて撮った写真です。2004年5月31日に上海の龍陽路駅で撮りました。

2004年の渡中から中国が大好きになり、たくさん写真を撮りました。2004年以来、私は何度も中国を訪れています。上海、浙江省、江蘇省、黒龍江省、雲南省に行きました。

私にとっての中国の魅力は?

それらは

  • 経済力・潜在力
  • 土地の可能性
  • 伝統の深み
  • 中国人のもつ安心感

中国経済はかつてない速度で発展しています。現在、中国は21世紀世界の主導国です。

日本を写すことと中国を写すこと

私の義父は1990年代に中国から日本に来ました。日本の自然の写真をたくさん撮りました。

私は21世紀に中国を旅しました。中国の建物や町の写真をたくさん撮りました。この対照は、中国と日本の現在をとても鮮明に示しています。

私はほとんど中華圏しか行ったことがありませんが、日本の閉塞感と海外の開放感というのは密接に感じます。中日表裏一体の対照性です。

中国のテレビ番組

2020年の1月、妻が昆明に一時的に帰省した直後から、コロナ禍ゆえに国内外の移動は制限されました。もちろん私も中国に行けない状況です。

そこで、少しでも中国に近づくために中国のテレビ番組「CCTV大富」を見るようになり、録画も記憶も豊富になってきました。

また、テレビを見るだけでは時間がもったいないと思い、中国語の勉強も本格的に始めました。

コロナ禍のアイデンティティ

今年はコロナ禍のために妻が帰省先から帰って来れなくなり、また、唯一の仕事であった大学の授業1コマも1年間すべてオンライン授業になっています。

つまり誰とも会わないという日が約8ヶ月続いてきたわけです。といっても数少ない教員仲間と食事をしたり実家に帰ったりと、生身の人間と数度会いました。ですから、まったくの孤独というわけではありませんが、なかなかの退屈具合を過ごしてきました。

ほぼ一人で悶々と過ごすなか、私は日本で過ごすことの意味を失いつつあります。妻が日本にいるわけでもなく、学生も自宅です。仕事もほとんどありません。

そんな状況のなかで驚いたのは、中国のコロナ対策の徹底さとスピードでした。中国の徹底さを目の当たりにして、政治と経済が本来の意味で混ざった政治経済が存在すると確信したのです。

共産主義は高速で民主主義は鈍足であるというテーゼを痛感しました。民主にすると動けないんですね、政府は。

これまで私は、世界中の政府組織が嫌いでしたが、中国政府の対応をみて、その勢いや徹底さから、政府組織も捨てたもんじゃないなと感じるようになりました。

そこて思い返せば、初めて中国へ行った2004年以来、毛沢東の肖像の入った煙草ケースや中国共産党章程を買っていたことを思い出しました。

毛沢東の肖像付き煙草ケース(中国紅色旅游)

中国共産党章程

アイデンティティを考えるときに、私にとって西がとても重要な相対的位置をもっていることが最近わかってきました。

折りしも妻が私に送ってくれた兵馬俑の写真は西安に行ったときのものです。また、「CCTV大富」では2020年8月から「西安事変」というドラマが放映されています。西安事変とは、張学良が楊虎城と共作して蒋介石を軟禁した(兵諫した)事件です。

ドラマの主人公は張学良です。蒋介石を委員長とする国民党組織員や、毛沢東や周恩来たちが引導した共産党組織員がたくさん登場して、賑やかなドラマになっています。このドラマもそろそろ終盤を迎えているので、けっこう寂しいです。

中国と私(Flaneur Meets China)

これまでお伝えした状況から、私は中国との出会いを多様に描きたくなりました。そこで、ウェブサイト Flaneur Meets China(遊民遇到中国)カテゴリー「中国と私」を立ち上げました。写真やコラムをつうじて、訪問者の方々と中国経験を共有できれば幸いです。また、テレビ番組の紹介をつうじて、私の感じる中国の活力も紹介していきます。

自己紹介

今年で私は50歳です。年を取るにつれ自分の顔が好きになれません。そのため、プロフィール写真に顔写真を使用せず、西安の兵馬俑を使用します。

2020年9月30日にプロフィール画像を替えました。写真は2017年8月にに妻が写してくれたものです。1日ずっと写真整理をしていて見つけました。写真って意外に忘れているもんですね。

撮影した場所は、中国雲南省西北部にある麗江市束河古鎮のカフェ「Mammamia Chinese restaurant」(妈妈咪呀国际餐厅)です。麗江市内には麗江古城という古い街並みがあり、世界文化遺産になっています。密集したカフェ群と一面に広がる瓦屋根で有名な街です。

眼鏡をかけた一人の男性が足を組んで室内でソファにもたれています。

麗江市束河古鎮で妻に作ってもらったポートレート。

万博うまれのノーウェア

人の記憶とは事実にもとづきません。妄想に縛られているからです。

大阪万国博覧会の開催年の七夕に私は生まれました。よくロマンチックな日だと言われてきましたが、実は1年に1度しか恋人に会えない寂しい日です。おまけに盧溝橋事件のあった日で、918説もあるものの日中戦争勃発の日だと記憶する方も多いでしょう。

とにかく、私は万博の年に生まれ、その後も万博の写真を見たり人から話を聴いたりするたびに、私を身ごもった母が大きなお腹を抱えて万博へ連れて行ってくれたことに、感謝してきました。

私は40歳になるまで、そう信じていました。しかし、母は私を身ごもったからこそ、万博に行きませんでした。感謝というものは嘘臭いものです。すぐに罪悪感へ変わります。

私の幼児期の写真です。母の編んだ帽子や服を身に着けて、手押しワンちゃんに乗っています。

中国への旅行歴

  • 2017年8月 … 昆明、大理、麗江(雲南省)、上海
  • 2016年8月 … 蘇州(江蘇省)&上海
  • 2013年2月 … 昆明(雲南省)&上海
  • 2006年9月 … 哈爾浜、斉斉哈爾(黒龍江省)
  • 2005年11月 … 余姚(浙江省)&上海
  • 2005年10月 … 余姚(浙江省)&上海
  • 2005年9月 … 余姚(浙江省)&上海
  • 2005年5月 … 余姚(浙江省)&上海
  • 2005年3月 … 余姚(浙江省)&上海
  • 2004年12月 … 余姚(浙江省)&上海
  • 2004年11月 … 余姚(浙江省)&上海
  • 2004年5月 … 余姚(浙江省)&上海

パスポートの歴史

2020年8月に3冊目のパスポートを手に入れました。1冊目はドイツと中国、2冊目は中国と台湾に集中しています。3冊目はどうなるでしょうか?

中国人学生との交流歴

私は大学や大学院で経済学を学びました。現在、私は大学で教えています。50歳になった今、振り返ってみると、研究や教育をつうじて実に多くの中国人と交流してきました。また、何度も中国に行きました。

私は、大阪産業大学、追手門学院大学、龍谷大学、同志社大学、大阪市立大学で中国人学生に出会いました。彼ら彼女らの出身地は、上海、河北省、河南省、湖北省、湖南省、山東省、吉林省、遼寧省、黒龍江省、浙江省、内モンゴル自治区、新疆ウイグル自治区、延辺朝鮮自治州など、広域にわたります。

以上の中国経験と中国人交流をもとに、このカテゴリーで中国と私を振り返りたいと思います。ご愛顧のほど宜しくお願いいたします。

コメント 質問や感想をお寄せください♪

  1. フラヌールの意味がやっと分りました。黒龍江省まで行っておられるんですね(゚ω゚)上海は別として浙江省の余姚にも頻繁に行かれていますが何があるのか興味津々です。今後の投稿を楽しみにしています(^_^)

    • 余姚を改めて尋ねられるとお恥ずかしいのですが、この記事に顛末を書いていますので宜しかったらご覧ください♪

      • 早速、拝読しました(^_^)河姆渡遺跡のことは始めて知りました。黒龍江省女性が余桃の写真は全て捨てなさいとの発言は無茶ですね?

        • 黒龍江女性には良い思い出ばかりで感謝もしていますが、写真を捨てろだけは今でもパンチが効いています…^_^;;

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