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主な口頭発表

岩本真一 : 欧米視察 史料が語る経済史
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東アジアのミシン普及:東アジア経済史研究会

2007年12月8日・9日と中国・韓国・日本の研究者が集まり、歴史研究の成果を披露し合うような活気あるシンポジウムがあり、私も参加・報告させてもらいました。
題名は「東アジアにおけるミシンの普及―19世紀後半~20世紀前半の日本・中国を事例に」です。

このシンポジウムの参加者たちが各自の報告を論文にして次の本になりました。

東アジアのミシン普及 : 東アジア経済史研究会 東アジア経済史研究 第1集 中国・韓国・日本・琉球の交流

東アジア経済史研究 第1集 中国・韓国・日本・琉球の交流

日中韓の3言語を通訳できる女性2名を紹介し、彼女たちも研究所の方々にも喜んでいただきました。無能な私には有能な友人たちが必要というスタンスが発揮できてちと嬉しい。

知人の一人はとくに懇親会でも引っ張りだこで、「馬鹿(私のこと)が持つべきものは優秀な友達」という諺が出来るほどでした。

私自身の報告は、まずまずで、ミシン普及の傾向を概略的に話しただけに留めました。持ち時間30分でしたので、踏み込まず・突っ込まず、良くも悪くも分かりやすすぎるものでした。

ただ、大方の方の了解を得られたと思うのが、今回の報告が、「衣服産業史」という新たな部門を切り開ける可能性を秘めているということです。これは、韓国の先生にも、中岡さんにも、言質を取れました。明日、中国の方にも尋ねてみます。

頂いた質疑応答

質疑応答には以下のようなものがありました。

1だけで20分くらい議論したと思います。2以下は懇親会で頂いたコメントです。

  1. ミシン価格の推移を指数で出す作業をすれば、もっと説得的になる(韓国の先生)。
  2. (後の懇親会で、狭間さん)指数を出すときに、基準年を設定する必要があるから、そこをしっかり考えてみ!岩本君のは長期データといえるから、やり甲斐がある。
  3. (後の懇親会で、中岡哲郎さん)ミシンの東アジアの普及というタイトルだったから来たけど、日本と旧満州だけなのでショック。ただ、20世紀前半に、ミシンで大規模化した業者と小規模のままに留まった業者を比較して、東アジア全域の比較に応用していけ。
    同じ業態でも、地域が変われば創業・操業条件が変わるから、それを同時代の日中韓台比較でやってみろ。こんな研究誰もやってないのだから、旺盛に突き進め。そして、1980年代以降、日本の衣服産業が衰退し、青山・ユニクロなどが勃興した鍵は中国にあるから、その点も(現代だが)いずれ僕に(中岡さんに)教えてくれ!
  4. (後の懇親会で、韓国の先生)衣服産業史の東アジアの地域比較は、絶対に面白くなる。まだ明快な答えは出ていないが、この迫力で研究を続ければ、見たことのない研究に必ずなる。もっとも、中国といっても広すぎるから、旧満州で留めるか、中国自体を外して、台湾・韓国との比較でも良いので、規模と業態展開パターンを是非比較しろ!

といった感じでした。

中岡哲郎先生とのこと

中岡哲郎さんにサインを貰いました。

中岡先生は私の報告の時に質疑応答で挙手されていたらしいのですが、座長も私も気づきませんでしたので、懇親会の時に、わざわざ接近して話しかけてくださり、20年前に行ったらしい広東省の縫製工場の話をしてくれました。

広東省では、香港人資本による、日本人経営による、デザインは東京のデザイナーによる、広東省(中国人)の人々の労働による、衣服工場を見たそうです。その工場は、裁断工程と縫製工程を含んだ工場で、100台のミシンがあったそうです。

他に中岡さんが話してくださったのは、ミシン普及、衣服産業化、軍服・制服生産という3点が同時に進行したから、キモノと洋服との対抗軸は大切だ、とのことでした。私は、キモノの技術的意義を過小評価したかも知れません。

中岡さんが仰るには、キモノは直線で裁ち、縫合も単純なので、技術的には、ミシンを投入する方が、かえって邪魔(非合理か非効率的)になったそうです。ある程度、脳裏に焼き付けておくべき話でした。

もっとも、20世紀後半には、キモノすら大量生産された可能性が高いですが、おそらく、世紀前半は中岡さんの仰るとおりでしょう。その辺も「僕が抱く衣服産業史の諸々の疑問を解決してくれ!」と励まして頂きましたので、「数年から数十年待ってください、衣服が産業化する絡繰りを(衣服産業からみるとアメリカに比べ全域的に発展途上国だった)ユーラシア大陸レベルで証明します!」と答えておきました。

最後に、『工場の哲学』と『コンビナートの労働』にサインを頂きました。

「開戦の日だな…」

と、ボソッと独り言を仰ったのが、今も頭から離れません。

傲慢にならないように心がけて、マルクスと中岡さんを説得させるような論文を書き続けていきたいと感じました。

ミシンと衣服の経済史 : 追記(2018年11月7日)

この報告は共著本の一部となり、さらに単著『ミシンと衣服の経済史』に入れました。

シンガー社の多国籍企業化やグローバル化を実感し貴重な勉強をできたと思います。

2018年12月に、ミシンの歴史をいろいろ述べたサイト「ミシンの世紀」を新設しました。

19世紀のミシン開発に関わる多くのエピソード、ミシンを使っていた人たちの思い出、そしてミシンのカタログから機種単位の紹介にわたり、あれこれとミシンを述べています。ぜひご覧くださいませ。

参考 ミシンの世紀

ミシン普及パターンに見る縫製業の趨勢 : 20世紀転換期の大蔵省主税局編『外国貿易概覧』を中心に

ミシン普及パターンに見る縫製業の趨勢 : 日本経済史研究会(2007年10月20日(土))で報告した内容です。

当時アイオナ大学にいらした牧村さんが当研究所に在外研究にやっていらして、一緒に報告しました。

ミシン普及パターンに見る縫製業の趨勢 : 日本経済史研究会(2007年10月20日(土))で報告

日本経済史研究会(2007年10月20日(土))で報告

この報告の内容は後に論文になり、最終的には本の一部となりました。報告させていただいた本多三郎先生には感謝しています。

ミシンと衣服の経済史:著書紹介
このページでは私が著した刊行物のうち、単独の著書『ミシンと衣服の経済史』を紹介しています。

第1章 本報告の課題と『外国貿易概覧』の性格

  • 第1節 本報告の課題
    (1)先行研究の偏向→資料編1ページ
    (2)問題の所在→資料編1ページ
    (3)本報告の課題
    (4)報告内容
  • 第2節 『外国貿易概覧』の性格
    (1)刊行と性格
    (2)記載項目

第2章 ミシン輸入の趨勢と普及パターン

  • 第1節 輸入趨勢と時期区分
    (1)全体動向
    (2)時期区分(1883~1937年)
  • 第2節 ミシン本体と技術の普及パターン
    (1)産業からみたミシン本体・技術の普及パターン
    (2)教育からみたミシン技術の普及パターン

第3章 ミシン普及パターンに見る縫製業の趨勢

  • 第1節 ミシン動力源の変化、技術移転、ミシン多様化の諸相
    (1)ミシン種別の趨勢
    (2)手廻式ミシン(「手繰」ミシン):19世紀後半から20世紀初頭に輸入
    (3)足踏式ミシン: 1904年に明瞭に市場浸透が報告
    (4)電動ミシン(「動力用」ミシン):1913(大正2)年報告、電力インフラに結合。
    (5)まとめ─ミシン多様化の枠組み
  • 第2節 主要衣料品からみたミシン
    (1)メリヤス・シャツ(1902年)
    (2)ジャケット、セーター、その他
  • 第3節 ミシンの輸入港別傾向─横浜港と神戸港を中心に
    (1)両港の比較(→表2・表3)
    (2)国内縫製業の地勢
    (3)海外衣料市場との関係~全般的に、中国・インド・ヨーロッパが多い
    (4)その他諸港…1900年代長崎、1910年代門司→福岡県の足袋製造業にミシン投入か?

本報告の論文化

本稿は, 2007年10月20日に開催された大阪経済大学日本経済史研究所主催「第9回日本経済史研究. 会」での報告「ミシン普及パターンに見る縫製業の趨勢 : 20世紀転換期の大蔵省主税局編『外国貿易概覧』を中心に 」を加筆・修正したものです。

論文は「日本におけるミシン輸入動向と衣服産業の趨勢–20世紀転換期の大蔵省主税局編 『外国貿易概覧』を中心に–」をクリックした先のページからダウンロードできます。

欧米視察 : 羽二重輸出対策案と視察関心の変化

欧米視察 : 寺子屋「史料が語る経済史」(第9回)2007年07月28日(土)で講演した内容です。

杉田定一が繊維産業における機械化を認識するにいたった経緯と、杉田の羽二重輸出の具体案について、複数の主題から報告しました。

欧米視察 : 岩本真一 : 欧米視察 史料が語る経済史

寺子屋「史料が語る経済史」(第9回)2007年07月28日(土)/@大阪経済大学)

主催者ホームページでの紹介は↓からどうぞ。

はじめに ― 欧米視察3回の概要

  1. 欧米漫遊(1886年7月~1888年6月) ①養蚕への関心 ②染織工場見学 ③織機目録収集 ⇒『倫敦通信』
  2. 第1回絹織物視察(1896年6月~12月) ①羽二重商況問答 ②織機会社問合せ ③織機目録収集 ⇒『欧米羽二重商況視察報告』
  3. 第2回絹織物視察(1899年6月~11月) ①絹織物工場見学 ②ミシン・編機、パリ万博カタログ収集 ⇒『海外絹織物調査報告』

3回にわたる漫遊・視察 ~杉田定一の焦点の変化は?

1 欧米漫遊(1886年7月~1888年6月) ~養蚕、染織への関心

  • (1)養蚕への関心 … 「外国ニ向テ第一等ノ物産ハ養蚕生絲ナリ」 。
  • (2)染織への関心 … キャラコ工場(史料1)・織物工場 視察。

2 第1回絹織物視察(1896年6月~12月) ~織物商況・白羽二重、織機への関心
◎福井県絹織物組合組長小川喜三郎より「羽二重商況視察ノ為欧米派出員ヲ嘱托ス」 。

  • (1)『欧米羽二重商況視察報告』(史料2)。
    ①絹織物業のメッカ「里昂」(リヨン)と「里昂製」の実態 ②杉田の輸出対策案 (あ)流行支配が困難ゆえ、精製品より半製品 (い)品質を考慮し、生羽二重より練羽二重。
  • (2)ノウルズ織機会社問合せ  … 織機価格一覧などを請求 → 織機輸入の必要性を感受。

3 第2回絹織物視察(1900年6月~11月) ~諸機械への関心
◎福井県絹織物同業組合組長小川喜三郎より「農商務省ノ嘱託ニ依リ絹織物調査ノ為巴里」へ赴き、「本縣絹織物業ニ関スル状況」を調査・報告するよう受命 。

  • (1)『海外絹織物調査報告』
    (a)第1回との共通点は、捺染を経ずに輸出する点。
    (b)杉田の輸出対策案 → 仏国捺染業者への配慮ゆえ、精製品より半製品。
    (c)欧米の「機械製」と日本の「美術品」における断絶を憂慮(主に、品質、生産性、工賃)。
  • (2)シンガー社製ミシン広告カード(史料3)

第58回日本衣服学会年次大会

第58回日本衣服学会年次大会 : @ノートルダム女学院

学会報告です。余裕を持って会場に向かったのですが、間違ってノートルダム小学校に入ってしまって、表門を出直して法人敷地半分以上を走って何とか間に合いました…。

第58回日本衣服学会年次大会 : @ノートルダム女学院

第58回日本衣服学会年次大会 : @ノートルダム女学院

男性による衣服革命─近代日本における衣料生産の類型と生産者ジェンダーの妥当性─

  • 第1節 近代日本における衣料生産の類型
  • 第2節 職工5名以上工場の生産者ジェンダー
    (1)種々の紡績業、織物業(川上・川中)
    (2)「染色、精錬、漂白、整理業」(川上・川中の中間または、川中・川下の中間)
    (3)「メリヤスおよびメリヤス製品製造業」、「被服、その他の裁縫品製造業」(川中・川下)
    (4)30年代後半における、男性労働者数の増減。
    (5)まとめ(仮説)
  • 第3節 職工5名未満工場の実例(藤本仕立店を事例に)
    (1)ミシンの利用台数…確認可能は、1904年の5台と、40年の40台。
    (2)「職方仕事帳並仕事数控」(1900年)にみられる特徴。
  • 第4節 結論
    (1)シャツ地の多様性と季節性
    (2)藤本仕立店の特徴
    (3)生産者性差の妥当性
    (4)女性向け裁縫指南書・教科書の出版趨勢
  • 【紹介】藤本仕立店の取扱品目
  • 【史料】

関連リンク

日本衣服学会 – 日本衣服学会の公式サイト。「日本衣服学会」は広く衣服全般にかかる諸問題を総合的視野にたって研究を行う学術団体です。1949年に設立され,1984年より「日本衣服学会」となり,今日に至っています。

第75回社会経済史学会全国大会

第75回社会経済史学会全国大会 : 2006年9月14日(木曜日)に関西大学で報告をしました。

報告は「自由論題報告」で「第2会場 日本史関係」の教室、4番目の報告で「近代日本における仕立・縫製業の経営実態─明治後期・大正期における兵庫県姫路市藤本仕立店を事例に―」と題した報告を行なう予定でした。

第75回社会経済史学会全国大会 : 2006年9月14日 関西大学

第75回社会経済史学会全国大会 : 2006年9月14日 関西大学。PDFで作られたプログラムファイルのダウンロードは次のリンクをクリックして下さい。社会経済史学会 第 75回全国大会

しかし、報告に応募してから少し観点が変わり、次節のようなタイトルで報告をしました。詳細は以下のとおりです。司会は当時大阪大学大学院経済学研究科の阿部武司先生でした。

報告内容

第1章 近代仕立業の特徴と本研究の意義

第1節 近代における衣料生産の諸類型

第2節 「タイプb2」の先行研究と本研究の意義

第2章 藤本仕立店の史料と業務内容

第1節 概要

第2節 主な史料と書式(資料編13~16ページ)

第3節 主な取引先(表3・表4)

第4節 生産体制とミシンの利用

第5節 掛売の実例と販売方法の傾向

第6節 発送と集金

第3章 取扱製品の増加と販売網の拡大

第1節 「大福帳」にみられる取扱製品

第2節 1901~26年における販売総額の推移

第3節 1901年~26年における主要販売圏域と対応製品(図5)

第4節 1910年代における新販売圏の展開とその意味

第5節 顧客としての生野鉱山

第4章 結論

第1節 近代における仕立業(衣料生産)の展開と藤本仕立店

第2節 経営持続型の安定要因 – 生野鉱山の顧客化と柔道着販売との同時代史的考察

最後に

この報告が土台となって、報告後は少しずつミシン、衣料品、販売先などをまとめ続けていきました。その成果の一部は『ミシント衣服の経済史』(思文閣出版、2014年)に結実しました。

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