研究方針:ミシンと洋服の普及からグローバル・ヒストリーを構築

これまでの研究概要

私は大学院入学から今日まで、近代日本を中心にアパレル産業の形成を通史的に構築してきました。日本のミシン輸入、洋裁技術の普及、および衣服産業(アパレル産業)の展開を研究し、それら一連の研究をまとめたのが博士論文です。

その後、博士論文をもとに米国シンガー社の多国籍企業化、東アジアの女子裁縫教育史、衣服消費の社会史に関する論考を加え、著書『ミシンと衣服の経済史』を2014年に刊行しました。現在、同書が最も主要な業績です。

著書刊行から2018年春期にかけて、修士課程以来取り組んできた兵庫県姫路市藤本仕立店の氏家文書を一層深く調査しなおしました。そして経営体制、販売戦略、戦時経済統制への対応を分析し、それらを毛論文および研究ノートににまとめました。

これら一連の刊行論文に、書き下ろし部分を加えた原稿を2018年6月に出版社(思文閣出版)へ提出し、2019年秋季に単著で刊行することが決定しています。

研究方針 : ミシンと洋服の普及からグローバル・ヒストリーを構築

シンガー社の多国籍企業化

今後の研究は2冊の単著で得た知識や歴史観をふまえ、ミシンの世界規模での普及とアパレル産業の展開を広く深く追求していきます。先行研究の現状は、米国シンガー社の多国籍企業化と同社製ミシンの普及は各国経済史家の研究水準に左右されています。

たとえば、アメリカやイギリスが輸出したミシンの状況は分かるがドイツが輸出した状況が不明であったり、ロシアがミシンを輸入した状況は知られていても東南アジアのそれは知られていなかったりと、研究地域の落差が生じています。また、輸出されたミシンの流通過程も多くは不明です。

そこで私は、ミシン普及における研究上の地域差を埋め、ミシン販売店の世界的広がりや輸出・再輸出の複雑な流通構造を把握したいと考えています。

そのために、まず世界規模での先行研究を調査します。その調査で分かった研究不足の地域へ資料収集に赴き、収集資料をもとに分析を行ないます。この一連の作業をつうじて、シンガー社をはじめとするミシン会社の多国籍企業化を従来の研究史以上に深く捉えることができると確信しています。

アパレル産業史とファッション文化史との融合

他方、ミシン普及と洋裁普及に突き動かされた欧米・中国・日本のアパレル産業史の展開と、ファッション文化史的展開を接合させたいと考えています。水準はともかく、経済史をファッション史や消費史と接続する傾向は、近年世界的規模で増えています(ペネロピ・フランクスやアンドルー・ゴードンなど)。

先行研究の色んな限界

しかし、ファッション史研究の問題や「着物の写真」に指摘したとおり、フランクスやゴードンは経済史と文化史の接続方法は衣服着用者の写真資料をイメージ写真として提示するにとどまっています。それら写真資料の時期、TPO、衣服形態にまで分析が及んでいません。

また、1920年代の銀座の写真を取り上げ、当時はまだ和服が多かった論じる論考が多くみられます。当然、他の当時の写真では洋服姿の人々も多く見かけます。20世紀和服は洋服の影響を受けてスリムに作られ、また着られるようになったことは繰返し服飾史家の大丸弘が指摘してきたことです。このように見てくるとやるべき研究は山積みです。

私の課題

そこで私は、最近200年間における衣服形態の変化に注目し、洋服・洋裁・ミシンの変容や歴史と、それらが世界民族衣装へ与えてきた影響を考察します。そして、西洋化の文脈において民族衣装の変容を捉えなおします。

西洋における洋裁の発生と展開

非欧米諸国のファッション史研究には一つの傾向が確認されます。大丸弘が指摘したように西洋裁縫技術(洋裁)は20世紀東アジア民族衣装の方向を決定づけました。

西洋で洋裁は確立された大系をもったものではありませんでした。西洋社会は巻衣や貫頭衣を着用していた原始的段階をアジアその他の地域と共有しています。大丸弘や能沢慧子が指摘したように、曲線裁断、パネル・ライン、ダーツなど、洋裁を特徴づける様々な技術は、14世紀末に鋼鉄針が開発されて以降のことであり、また断続的に開発されてきたものです。

このような西洋事情に対し、近代日本の洋裁教育界は西洋の裁縫技術を「洋裁」として一括に理解し体系化してしまいました。その結果、体系化された洋裁を教育していく水準と、多様な洋服を製作していく水準に二分されたわけです。

そこで私は、中国や日本をはじめとする非西洋社会のファッション文化を明確に相対化させるために、西洋社会における洋裁の展開を調査したいと思っています。

具体的には西洋社会が1375年に毛織物縫製でも折れない鋼鉄針を開発した時点を洋裁の始まりと捉え、19世紀中期のミシン開発以後の展開につなげたいと考えます。そして西洋社会が巻衣・貫頭衣の段階から、洋裁の開発による多様な洋服の段階へと移行した約600年間の過程を追尾したいと思います。

このようなの観点からの通史は世界的研究水準からみて存在しません。