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中国と私

一体の始皇帝陵兵馬俑から考えたアイデンティティ

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私は今年で50歳になりました。年々、自分の顔や表情を嫌いになっています。たまたま8月に妻が西安(昔の長安)に行って写してきた兵馬俑の写真があるので、この写真を私のプロフィール写真に使うことにしました。

一体の始皇帝陵兵馬俑から考えたアイデンティティ

この写真から、私は強い意志と未来を直視する姿勢を感じます。私はこの写真に写された兵馬俑の表情が好きです。

この兵馬俑もまた、生きた人間のようです。その昔、生身の人間を埋葬していた歴史を知らなくても、私たちは生きた人間の生々しさを兵馬俑から感じます。

私とはどこですか? 西には何がありますか?

私とはどこですか。西には何がありますか。私は子供の頃から長い間、このようなアイデンティティの問題に苦しんできました。

秦始皇の兵士と馬は中国陕西省西安市から東へ31キロ離れた臨潼区に位置します。奈良盆地で育った私にとって、西には何があるかは、とても気がかりな事でした。陕西省も西安市も知名に「西」を含んでいます。秦始皇兵馬俑とその立地は、自分のアイデンティティを考えるうえで私には大切だと思いました。

写真の撮影経緯

この写真は私の妻が写してくれたものです。2020年8月に妻は従妹家族と西安へ行きました。この写真をコロナ禍で孤独な私へのプレゼントだと思っています。

アイデンティティは考えるべき問題か

10月に入り日本の枯れた秋具合がますます進み、ふと、アイデンティティは考え出した途端に無駄な問いだと思うようになりました。アイデンティティは近代化とともに出てきたテーマですから、形成や喪失で語れるものではない気がするのです。逆に言えば、いつも形成や喪失で語るしか無いものだと思います。

近代とは問いをでっち上げて予め用意した解答へ結びつける論理で成り立っています。アイデンティティの喪失や形成は、いつまでも問われ、いつまでも誰もが立ち向かわない問題なのです。

こんなこと辞めようというのがグローバライゼーションの意義でした。ですから、早く世界一体化に戻ってほしいですね、暇すぎます。アイデンティティは、実はそれほど大したことのない問題なんですね。

近代化と教育

近代化をもう少し一般化して近代化を教育から見ると、次のように感じます。1990年代までに受けた教育で役に立つものはなく、かといって新しい教育で役に立つものもなく、かといって自分を信じれる訳でもない。つまり退屈ということです。

近代化とは産業革命との関わりが強いですから、生産性の向上とムダの発生が並行して進みます。しかし、多くの教育者や研究者はムダを認めないから、問題をでっち上げて、解答を示してこなかったわけです。

そんなこんなで、私は「记住乡愁」を見て時間を潰す毎日。「だから蔵書をぜんぶ捨てたんですよ」という知り合いは水戸黄門が日課らしいです。時間という面倒臭いものにどう付き合うか、アイデンティティよりも大切な問題かもしれません。

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